「かけられる数」「かける数」ってわかりやすい言葉なのだろうか

そうこうしているあいだに、小学2年生のスウちゃん(仮名)の冬休みが終わり3学期になりました。2学期末は学校でかけ算をやっていましたが、宿題で持ち帰るプリントやドリルでは、かの有名な「かけ算順序問題」が繰り返し繰り返し出されます。延べ10回は超えているでしょう。しかしスウちゃんはちっとも引っかからず、求められているとおりに答えるので、親としてはやや拍子抜けです。「かけ算順序問題」そのものについては、ここでは深入りしません。既にあちこちで語られているでしょうから。

さて、「6×4 の式でかけられる数はどちらですか」のような設問も見られます。この「かけられる数」という言葉(言い回し)は、どうにも分かりにくいと感じます。大人でも混乱しそうです。少なくとも私はそうです。たぶん「受け身」(受動態)という形が普通ではないからでしょう。私はしばらくあるフリーソフトの翻訳に関わっていましたが、そこでも日本語の訳文は「できるだけ受け身にしない」という指針でした。

毎年数万人、延べ何百万人の先生方は疑問に思わないのでしょうか? まあ先生ほど普段から使っているから身についてしまって何とも思わないのかもしれません。百歩譲って、「かけられる数」「かける数」の区別が重要だとしても(それは教える側の問題であって、子どもたちがそれを意識する必要はないというのが私の考えです)、たとえば「はじめの数」や「もとになる数」、もっと簡単に「もとの数」とかいう語ではだめなのでしょうか。だいぶましだと思うのですが。そういう語だと加減乗除のどの場合にも左側の数をそう呼べるので、統一的な理解にもつながりそうにも思います。そうしない理由がどこかにあるのでしょうか。

ところで、念のために「かけ算順序問題」についての私の考えをさらっと書いておきます。

  • 教室で子どもたちに順序つきで教えること自体に異論はない。逆順も教えなければならないとも思わない。
  • ただし、子どもが逆順で答えてきたものを☓にしてはならない。したがって順序を問うような問題はナンセンス。

室内の薪運搬用ハウスカーのタイヤ交換

今年も寒くなってきて、薪ストーブのシーズン到来。

シーズンはじめには何かとトラブルが起こる(気づく)ものです。 昨年のシーズンはじめにはガラスが割れるというトラブルでしたが、今年は思わぬところに発生しました。室内の薪運搬用に使っているハウスカーのタイヤのパンクです。

薪を室内に運び込み、それをストーブ脇までどうやって運び、そこに置くか。はじめはストーブ脇の箱まで手で抱えて運んでいたのですが、やはり辛すぎました。

世間での薪ストーブはどうも趣味のものらしく、格好よくきめようとするといろいろと高価なものもあります。

ですが、うちはなるべく安く実用本位を目指しています。試行錯誤の結果、ホームセンターで見かけた農作業用の「ハウスカー」に、スーパーマーケットでもらってきたバナナ箱を使っています。バナナ箱は穴が多いのがこの用途には欠点ですが、軽くて丈夫、汚れたり壊れたりしたら無料で交換できるので、とても重宝しています。

「ハウスカー」は本来、ビニールハウス内作業用らしいです。タイヤ径が大きいのが、屋内でも段差の多いこの家には合っています。そのときはけっこう高いなと思いながらもホームセンターで5000円ほどで購入しましたが、その活躍ぶりからするとかなりいい選択だったと思っています。

それから何シーズンも経った今年、いざ物置から出してみるとタイヤがパンクしていました。シーズンのはじめにはだいたい空気が減っているので、空気入れでシュポシュポとやるのですが、今年はそのうちの1本が入れるそばから「スーッ」と音がして漏れています。よく見ると4本ともかなりひび割れがしています。室内だけで使っているとはいえずっとストーブ脇に置いているし経年劣化でしょうか。しかし中のチューブに穴があくようなことは実内では滅多に起きないと思うのですが……。

タイヤ交換しかたがないので、まずネットで「4.10/3.50-4 タイヤ」で検索。ひび割れは当分のあいだ我慢してチューブだけでもいいのですが、ほとんど見つからず、あっても価格が高いのです。元々5000円ほどで買った本体なのに、ほとんどタイヤ代だけだったということになるではありませんか。タイヤ込で探すと、なぜかチューブのみより安いものも見つかりますが、送料も考えるとまだ割高感があります。

いったんあきらめて、数年前にこの本体を購入したホームセンターに行ってみました。もううちのと同じ本体は売っていなくて、ノーパンクタイヤ仕様のものになっていました。チューブのみはそもそも取り扱いなし。タイヤ込だと1000円。ネットで調べたチューブのみより安い。よくわからない価格体系です。売っている本体はノーパンクタイヤ仕様になっているのに、交換用ノーパンクタイヤは取り扱いなし。タイヤ交換なんてせずに本体ごと買い換える人がほとんどなのでしょうか。

ともかく、その1000円というのがいちばん安くすみそうなので、その1本を買って帰ってきて付け替え、無事にうちの薪運搬カーは復活しました。

ここまで書いてきてつくづく思ったのですが、「ホームセンター」「ハウスカー」「ノーパンクタイヤ」……ひどい言葉だ。

昨年のクリスマスプレゼント「マウンテンバイク AMERICAN EAGLE 24インチ」

前年のクリスマスプレゼントを振り返るシリーズ。早いなあ、今年もこの季節か。そしてほかの記事をあまり書いてない……。

まずは思い出話。スウちゃん(仮名)はかなり早いころから自転車に乗っていた。保育園の園庭でみんなが乗る三輪車をみて「ほしい」と言ったのは年少組よりもうひとつ下の組のときだったか。父である私はしばし考えた。三輪車で楽しい期間は短いし、こうして保育園の備品で少しは楽しめるし、いっそパスしてしまおうか……。

そこで調べてみると、三輪車がわりにもなるちょうどいいものがあるではないか。「2to6 いきなり自転車」(リンクは記事執筆時のもの。購入時からモデルチェンジがあったようだ)。思い出してみるとこれを2歳の夏に買った。補助輪を付けて、大人が後ろからバーを押してやればほとんど三輪車とかわらない。本人がペダルでこぐには車体そのものが重すぎたが。それから冬が過ぎ(この地方では冬はひたすら天気が悪いので外遊びはほとんどできない)、そのあいだに3歳になったスウちゃんは、春の陽射しの中、後ろのバーなしでガラガラと乗り回せるようになった。

PAP_0000.JPG夏ころには力もついてよく転ぶようになってきたし(補助輪があると曲がるときに内側に傾けられずに遠心力で外側に転ぶ)、補助輪外しに挑戦。補助輪と同時にペダルもとってしまい、地面を蹴って進むのだ(ペダルがあるとそのとき足に当たって痛い目にあうので)。これを1か月ほどやっただろうか。とにかく短期間のうちにすーっと5秒以上も両足を付けずに滑走できるようになった。こうなったらもう大丈夫で、ペダルを取り付けると2,3回で乗れるようになった。この練習方法の最大のメリットは、親の腰が痛くならないことだ。実際、親が自転車を支えてというのは1度もやらなかった。それから、車体が変わらないので乗り心地や取り扱いに慣れたままというのも大きい。さらに大事なことは、この時期にブレーキの使い方をしっかり覚えられたこと。自転車というのは「止まる」というのも実はけっこう大変な技術なのだ。「こぐ」より前に「止まる」技術を身につけられるのは非常にメリットが大きかった。「ストライダー」のようなブレーキのない足蹴り専用車にしなくてよかったと思っている。こうしてスウちゃんは3歳の中ごろにはもう自転車に乗れるようになっていた。

そんな小さな自転車をその名のとおり2歳から6歳(をちょっと過ぎて)まで乗り続けてきた。もう力もついて、スピードを出そうとすると、何しろタイヤ径が小さいため足が猛烈に回転して追いつかないくらいになってさすがに苦しくなってきたので、そろそろ買い替えの時期だなあと思っていた。そこで問題は次のサイズをどうしようかということ。スウちゃんは体格が小さくクラスでも前から2番めくらい。普通なら20インチにしておくかというところだが、それだと小学校のあいだにもう1回変えなきゃならないなあ。

ここでも思い切って24インチのものにすることにした。まず、クリスマスのころはほとんど外で乗る機会がなく春まで待たなければならないこと。春になって2年生になっても、スウちゃんの学校では「校区内を自由に乗っていいのは3年生から」というお約束があるので、本格的に路上に出るまでにはまだまだ時間があるということ。それまでには少しは体も大きくなっているんじゃないかという期待を込めて、でもお楽しみは先取りで、ということでスウちゃん(当時7歳、1年生)のこの年のクリスマスプレゼントになったのだった。

DSC_1446.JPGAMERICAN EAGLE 24インチ」にしたのは、カタログ値で最低地上高が低かったこと。適正身長115cmとなっていた。しかし実際に見比べることができたなら、ほかの車種とそう違いはなかったかもしれない。

乗り換えてすぐは、さすがにその大きさにびっくりしていたものの、ほんの1,2日で難なく乗りこなせるようになった。変速機の扱いにもすぐに慣れた。 夏ころには、どこで誰を見たのか、「ケンケン乗り」を教えてくれと言う。今ではとんと見かけなくなったが、そう言えばそういう乗り方もあったなあ。これも1,2日で習得した。

この記事を書いているのはそろそろ1年経つかなという頃だが、もうすっかり乗りこなしている。つい先日、家からまず2kmほど行けばサイクリングロードがあることに気づき、そこに入ってしまえば自動車の心配もないことから延々と10kmほど、往復で20kmほどの行程を完走したのであった(もちろん親が伴走)。子どもの成長は早いなあ。

次に買い換えるのは中学生になるときだろうか。

ここに Amazon のリンクを張ろうとして気づいたのだが、こういう自転車のモデルチェンジというのは早いのだな。同じ自転車がもう見当たらない。下の TOPONE というのが写真を見る限りフレームや籠がスウちゃんのとそっくりで、元は同じだと思われる。

繰り下がりのあるひき算で、「減減法は筆算でつまづく」か

スウちゃん(仮名)は2年生になり、小学校でも筆算を習うようになった。早い時期から位取りの概念を掴んでいてもらいたく、家では1桁どうしのころから筆算に慣らしていたので、特に苦労はないようだ。

学校の宿題のドリルをやるのを脇で観察していたらスウちゃんが「自分のやり方でやってもいい?」と聞く。何のことかと思って「いいよ」と返事をして見ていると……。

32-19たとえば「32-19」の場合、スウちゃんは次のようにやる。

  • 2から9はひけない。そこで9から2をひいて、7
  • その7を10からひくと「3」。これを一の位のところに書く
  • 十の位の計算はさきほど使ったぶんの1を減らして、「1」

父である私は多数派(たぶん)のやり方、「10から9をひいて1、それを2とたして3」とやる。調べてみると自分のやり方には「減加法」という呼び名があるようだ。それに対して「減減法」というのがあって、「9のうちひけるだけの2をひいて、ひききれなかった7を10からひいて3」とやるらしい。スウちゃんのやり方は「減減法」の亜種という感じだ。

調べていて、「減減法は筆算でつまづく」というのを何回か見かけた。そうだろうか。

スウちゃんは、筆算の問題をたくさん見ているうちにこの「法則」を発見(という言葉は使わなかったけれど)したとのこと。だから筆算のときだけこのやり方になる。というか彼女の中ではこのやり方自体が「筆算」という解法の一部らしい。それなりに理にかなっており筆算の邪魔になってはいないように見える。将来何か困ることがあるのだろうか。

スウちゃんのやり方は、この論文では「誤りのパターン」と言われている

スウちゃんに繰り下がりの意味をあらめて聞いてみると、学校でも習ったとおりにきちんと説明できる。それに、1年生のときの「20未満ひく1桁のひき算(繰り下がり)」は「ひき算カード」で何か月も宿題として暗唱させられていたから、それはすらすらと口から出てくる。

いずれにしろ、機械的に計算する(筆算とはそもそもそういうものだと思うが)場合はともかく、「ひき算」や「繰り下がり」の意味を見失わないようにしておくことが肝心なのだろう。

薪ストーブのガラスを交換

薪ストーブのある暮らしについて書こうと思っているうちに時間が経ち、その最初がいきなり大きなトラブルのことになってしまいました。

今年(2015年)の初冬は暖かで、シーズン最初の火入れは例年より20日ほども遅く、11月も終わる頃。その2日め、「ピシッ!」という音とともに、ストーブ扉のガラスに、向かって左上から中央ほどまでヒビが入ってしまいました。火はガンガン燃えているし(だからこそヒビが入ったのですが)、どうしようと思っている間にまた「ピシッ!」と音がしてヒビは右下にまで達し、ガラスは2つに割れてしまいました。

この薪ストーブはもう20年ほど前のアメリカから個人輸入のもので、有名メーカーのものでもなく(いま調べてみるとこのメーカーの主力商品は焼却炉)、いまや廃番になっているようで部品として調達することはほぼ無理です。そこでまずはネットで「薪ストーブ 耐熱ガラス 交換」で検索しました。ほぼトップに出てくるブログ記事「薪ストーブのガラス交換」を読み、そこで紹介されているネット通販(これも先ほどの検索でほぼトップに出てきます)で入手できることがわかりました。そのサイトで簡単に見積りをとることができます。電気硝子建材の「ファイアライト」(5mm厚)が耐熱800℃と薪ストーブ向きで、うちのガラスは 400mm×250mm ほどの大きさなので、1万円強になりそうです。

扉をあけて内側から見たところ
ただ、形状が簡単な長方形ではなく、上辺が丸くカーブしています。加工料もいくらか上乗せになりそうですし、何しろこれを正確に伝えなければなりません。せいぜい 1mm ほどの誤差しか許されず、神経を使いそうです。

そこで、直接会って話せるガラス屋さんを探してみることにしました。電話帳(タウンページ)を繰ってみます(紙の電話帳を使うのはかなり久しぶりです)。「ガラス店」の欄は、ガラスが割れたらすぐに電話を受けたいという業者が、町名をやたらと羅列して何行にもわたって場所をとっていて、ちょうど「水道工事」や「鍵」の欄と似たようなことになっています。こういうところは今回のような特殊な案件を持ち込んでもまったく相手にしてくれないかふっかけられるかのどちらかしかなさそうな気がして、見送りました。ちょっと町工場ふうの業者が割と近くだったので、そこに電話してみました。先に結果を書きますが、これが大当たりでした。

私「そちらは、割れたガラスの修理など個人相手もやってらっしゃいますか? 実は薪ストーブの耐熱ガラスが割れてしまって、それを直したいんですが。」

ガラス店「あー、そういうのはストーブのメーカーに問い合わせられたほうがいいと思いますよ。」

私「実は個人輸入もので、メーカーに連絡をとるのは絶望的なんです。しかもは20年ほど前のもので廃番になってるらしくって。」

ガラス店「そりゃあしかたないですね。」

私「それで、耐熱800℃くらいのガラスを切ってもらえたらと思ってお電話しました。」

ガラス店「えっ、800℃! それは無理なんじゃないかなあ。200–300℃のなら扱ったことあるけど。」

私「そうですか。ネットでいろいろ調べてみたら、ネット通販で買えるところはありそうなんですよね。だけど形が長方形じゃなくて、ひとつの辺がまーるくなってて、それを正確に注文するのがややこしそうなんで、近所で直接話せるところがないかなと思ってお電話したんですよ。」

ガラス店「そうなんですか。そのガラスの商品名わかります?」

私「電気硝子建材の『ファイアライト』ってやつみたいです。」

ガラス店「あ、それ扱ってます。そんな高熱でも大丈夫なのか。在庫あるんじゃないかな。」

私「そうですか! 400mm×250mm くらいの大きさです。」

ガラス店「ちょっと在庫調べときますよ。ちなみにネットでいくらくらいでした?」

私「その大きさだと1万円ちょっとになりそうでした。」

ガラス店「うーん。それくらいでできますよ。」

私「ありがとうございます!!」

ガラスにヒビが入ってすぐに電話したのが金曜日の夕方でした。翌土曜日は営業していてしかも外の仕事にも出かけないとのこと。その土曜日に再度電話で確認すると幸運なことに在庫があり、すぐに車で割れたガラスが入ったままのストーブ扉ごと持っていきました。

さっそく作業を始めるガラス屋さん。きれいに2つに割れているだけなので、それをきちんと合わせながら新しいガラスの上に重ねて油性ペンでさーっと線を引き型を取ります。詳しい説明も何も必要ありません。これが対面のいいところ。

雑談しながら作業は進みます。

ガラス店「へえ、扉こんなに重いんですね。薪ストーブはこれまでやったことないもんだから。昨日あれから問屋に聞いてみたりしましたよ。」

私「割れた原因に思い当たることがあって。夏の間に、いったんガラスを外してその回りのガスケット(ガラスロープ)を取り替えたんですよね。そのあと取り付ける時に、この金具のネジをしっかり締めてしまったんですよ。締め付けがきつ過ぎたのが原因だと思います。でもまあたぶん20年ほど一度も交換していないんで、劣化もしてたでしょうけど。」(締め付けすぎが破損原因になるというのが今回検索してみてたくさん出てきました。しょっちゅう扱っているストーブ屋さんならともかく数年に一度(あるいはまったく初めて)しかやらない者だとうっかりしてしまいます。事前にちゃんと調べておくべきでした)

ガラス店「なるほど。確かにちょうどその金具のところから割れてますもんね。」

私「耐熱ガラスを納めることもあるんですね?」

ガラス店「厨房機器や工場の機械の覗き窓なんかですね。それぞれそんな大きくないんだけど、その度にファイアライトを小さいので仕入れていると高くついて。そんな注文が何度かあったんで大きいので仕入れてたんです。それでその端材みたいなのが残ってたんですよ。」

私「なんてラッキーなんだろう。」

ガラス店「はい、できました。はめてみましょう。あれ、ぴったり同じ大きさなのに入らないな。」 (ぴったり入らなかったのは私がつけすぎたボンドがあちこちにはみ出して硬化していたからです。ガラス回りにはボンドは要らないというのも今回検索して知りました。まったく事前に調べておくべきでした。そのはみ出た部分をマイナスドライバーでこそぎ落として、ガラスは無事にはまりました)

ガラス店「今度はネジを締め過ぎないようにね。」

私「はい。」

ガラス店「じゃ、1万円とは言いませんから、8000円で。」

私「ありがとうございます!!」

という具合。面倒な説明も要らず、トラブル発生から24時間以内(実質30分足らず)、8000円(税込)で、ストーブ扉の割れたガラスは完全復旧しました。もし有名メーカーの純正品だったら、たとえばブログ記事のこんなところこんなところ、ストーブ店のこんなところなどを見ると、数万円もかかるところでした。親切な町のガラス屋さんに出会えてほんとうにラッキーでした。

昨年のクリスマスプレゼント「インラインスケート」

また今年もこの時期になったわけですが、昨年のプレゼントを1年間経ってから振り返ってみるシリーズです。

当時6歳のスウちゃん(仮名)の元に届けられたのはインラインスケートでした。秋口に一度アイススケートに連れて行ったらずいぶん楽しかったらしく、何度もせがまれてそのうち2,3回はまた連れて行ったのでした。いっそのことアイスでなくてもいいのでは、とサンタクロース代理人である私は考えました。

当時、まずおもちゃ屋を見てみたのですが、確かに値段の安いおもちゃ風のものはありました。でもちょっとちゃちすぎないか、と思わされる作りでした。いっぽうでネットで調べてみると本格的なものは値段も本格的。そこでそのあいだくらいという感じの「RIP SLIDEジュニアアジャスタブルインラインスケート5点セット イエロー L」にしてみました。これを書いている2015年11月現在、同じものは品切れとなっているようです。

サイズはやや大きかったのですが、靴下を履いてしっかり締めればグラつきはなく大丈夫のようです。滑りはそこそこよかったです。いちばん近くの練習場所は舗装があまり上等ではなく、どちらかというとそちらのほうが問題ですね。いい場所で滑ればかなりいいのだと思います。

アイススケートで少し慣らしていたこともあって、よたよたと歩いては転び立ち上がるというのを数回繰り返した後は、徐々に滑る(というよりは「歩く」か「走る」程度)ことができるようになりました。子どもはすごい。

残念なのは、まわりの友だちも持っていないと楽しく一緒に遊べない、という点ですね。まあちょっと早すぎるかなという年齢でもあるので、同い年の友だちが持っていないのはしかたありません。サイズはアジャスタブルでもう数年は大丈夫なので、そのあいだに仲間が増えるといいな。

『多数決を疑う—社会的選択理論とは何か』を読んだ

多数決を疑う――社会的選択理論とは何か (岩波新書)を読みました。議員選挙などのたびに、多数決よりましな方法があるんじゃなかろうかと漠然と思っていたのですが、それについて追究する学問分野が「社会的選択理論」と呼ばれていることすら知らなかったので、大いに蒙を啓かれることとなりました。

本書の内容は既に公にされている書評(毎日新聞読売新聞など)などにお任せします。検索すればほかにもたくさん見つかります。一方で、きっと本書そのものを読まないままにタイトルだけから「民主主義を否定するのかよ」といった短絡的な批判(?)も見つかります。それほど「民主主義イコール多数決」と思い込んでいる者が多いのでしょう。もちろんそうではありません。意見集約の「方法」についての話なのです。

多数決のもとで有権者は、自分の判断のうちごく一部に過ぎない「どの候補者を一番に支持するか」しか表明できない。(略)だから勝つのは「一番」を最も多く集めた候補者である。(略)

多数決の選挙で勝つためには、どの有権者をも取りこぼさないよう細かく配慮するのは不利というわけだ。とにかく一定数の有権者に一番に支持してもらい、(略)

だがこれは政治家や有権者が悪いのではなく、多数決が悪いのではないだろうか。しかし多数決を採用しているのは人間である。多数決を自明視する固定観念が強い。(本書「はじめに」)

本来であれば社会全体をよくするという政策が出てきてそれが支持されそうなところ、現行の「方法」が多数決であることによって、候補者が勝ちにいくために政策・選挙戦術が歪められ、有権者の行動もまたそれに依存する……。何か本末転倒と思わざるを得ません。

多数決ほど、その機能を疑われないまま社会で使われ、しかも結果が重大な影響を及ぼす仕組みは、他にはなかなかない。とりわ議員や首長や議員を選出する選挙で多数決を使うのは、乱暴というより無謀ではなかろうか。(本書「おわりに」)

多数決の最大の(たぶん唯一の)利点は、「単純でわかりやすい」ということだろうと思います。本書で紹介されるボルダルールやコンドルセ式は集計(開票作業)がどうしても煩雑になります。しかしそれは人間の手作業による場合であって、もし電子投票が実施されるようになればまったく問題はありません。電子投票の問題はたぶん信頼性や投票の秘密の確保とかにあるのでしょうが、いずれその方向にいくでしょう。200年ほども前から提案されている方法に、ようやく技術が追いついてきたと言えます。それに合わせて集約方法も“進化”してもいいのではないでしょうか。

ともかく、多数決よりましな方法が存在します。議員選挙のような簡単には動かしにくい制度よりもっと身近なところ—町内会とかサークルとか学校の生徒会とか—からそういったものが普及していってもらいたいものです。

ボルダルール

さて本書では多数決の代替案がいくつか検討された後、その中でも「ボルダルール」が推されています。その理由として

  1. ペア敗者規準とペア勝者弱規準を満たす
  2. さらに棄権防止性を満たす

が挙げられています。さらに「コンドルセ・ヤングの最尤法は統計学的に定義されるゆえ有権者には理解が難しく、広く受け入れられるとは想像しがたい。であればボルダルールのほうが世に導入しやすいだろう。」と述べています。

しかし、これらについて私は素直に首肯できませんでした。

まず(2)についてです。ここで「棄権防止性」とは、有権者があえて棄権することで結果を自分に有利に変えることができない、という意味で説明され、コンドルセ・ヤングの最尤法ではこれを満たさないとのことです。

ボルダルールでは、候補のすべてに順位を付けて投票しなければなりません。ではたとえば最近の都知事選挙を考えてみます。これだけ候補が多いと、大部分の有権者は、もっとも好ましい候補からせいぜい3人ほどと、この人には絶対なってほしくないという候補の2,3人ほどが頭に浮かぶ程度ではないでしょうか。何がなんでもすべての候補を一列に並べなければならない、とすると有権者への負担はとても大きくなり、そんなことならいっそ棄権してしまおうかという気持ちにもなってしまいそうです。棄権で結果を自分の有利にできないから棄権する動機がないという意味の「棄権防止性」はあるのかもしれませんが、「めんどくささ」からの棄権を多く誘発しそうです。もしすべての候補にではなくて「いくつかだけに順位をつければよい」というルールにすると、それはボルダではない「スコアリングルール」になってしまい、(1)を満たさなくなってしまいます。この「めんどくささ」、つまり有権者の高負担というボルダルールの不利な点をどのように克服できるのか、そこまで本書で説明されていればよかったのにと思いました。

シュルツ方式

本書には出てきませんがコンドルセの一種として「シュルツ方式」というものがあります[1]

Wikipedia のページをざっと読んでみたところ、シュルツ方式の投票は、ボルダルールのように候補に順位を付けますが、

  • 複数の候補者に同じ番号を付けてもよい
  • 連続しない番号をつけてもよい。番号の絶対値は重要ではなく、順序のみに着目する
  • いくつかの候補に順位を付けなくてもよい。その場合、順位付けしていない候補を最下位(順位付けしていない候補どうしは同列)とみなす

というものです。コンドルセ式のためペア勝者規準をも満たすようですし、また全部の候補を順位付けせずに部分だけでもよい、とありますから、上に挙げた私のボルダルールに対する疑念も克服されているようです。簡単な比較の日本語記事が『「多数決」以上に民意を反映できる選挙方法とはどのようなものなのか?』にありました(本書の出版より前の記事です)。

Debian Project採決にこの方式を採用しているということを、実は以前から知っていました。しかしこれが多数決などとどのような関係にあるか、考えたことはなかったのです。今回、『多数決を疑う』を読み、あらためて見てみました。英語ですが The Debian Voting System は、Debian での方法に限らず一般的なコンドルセやシュルツの説明としてわかりやすいです。

そこにあるように、Debian 方式は

  • 選択肢に「更に議論する」を追加する
  • デフォルトはこの「更に議論する」とする

という拡張がなされています。一般の投票なら「他に選択肢がない」や「どちらともいえない」などを読み替えることができるでしょう。つまりデフォルト選択肢より上の順位にすれば「好ましい」、下の順位は「好ましくない。嫌だ」という意思表示になります。これはたいへん合理的なルールだと思えます。

この拡張の優れた点は、ただの賛否を問う採決でも(選択肢が「賛成」「反対」の2つしかなければボルダルールも何もただの多数決になってしまう)、選択肢が「賛成」「反対」「更に議論する」の3つになり、コンドルセ式などを適用できることです。もっともこれを「迅速に決定できない」という欠点だとみなすこともできますが、私は、拙速よりははるかにましだと考えます。

多数決を疑う――社会的選択理論とは何か (岩波新書)……と、実は本書を読んだのは数か月前なのですが、何しろ専門でも何でもないので、調べたり考えたりしながらこの辺まで書くのにうんと手間取ってしまいました。このままではいつまでたっても書き上がらないので、ひどく中途半端ですがもうここでこの記事を公開してしまうことにします。

ついでに、私の抱いているもうひとつの疑問も書いておきます。

私の住む市の今年春の市議会議員選挙では、立候補者数は定数をわずかに超えるだけでした。つまり30人ほどが当選し、ほんの3,4人しか落選しません。最適の候補をたったひとつ選ぶ場合にはコンドルセ式やボルダルールが使えそうですが、このような場合にも適用できるのでしょうか。本書からだけではよくわかりませんでした。たとえば「投票方式はこれで決まり?」で言及されている方法などは有用そうなのですが、それと他の方式との比較などが自力ではよくわからない……。

様々なケースにも適用できるベストな方法はどうやらなさそうだ、という感じはうすうすしているのですが、それでも本書で言うように「コンドルセ式よりもボルダルールが優れている」とは思えませんでした。さらにもっと別の方式も同じ土俵に上げて、上述した疑問にも私のような素人にもわかりやすく答えてくれる、続編に相当するものが現れないかなと思っているところです。

  1. WikiPediaの解説はとても参考になりますが日本語版の「シュルツ方式」は翻訳が変なところも多い(2015年9月現在。そう思っているなら直せよと言われそうですが、時間があれば少しづつそうしていきたいと思います。しかし私のような素人よりもっと専門知識のある人たちにやってほしい……)ので、それを参照しながら英語版 Schulze method を見たほうがよさそうです。