前の記事『「6÷2(1+2)」問題について教育委員会に問い合わせてみた』は、予想以上に多くの人の目に触れたようです。自分のブログでこれほど読まれた記事は過去になく、これまで「はてなブックマーク」というものを気にしたことはありませんでした。今回はそこから導かれてくる人もけっこうあるようなので見てみましたら、そこにいくつかのコメントがありました。言いっぱなしで、それについての反応を期待されていないものとは思いますが、あえて応えてみます。
「6÷2(1+2)」というタイトルについて
最近よく見かけていた「6÷2(1+2)」をタイトルに持って来ましたが、私はその本質を、それが数字だけの式だからというより、『「記号の省略されたかけ算」と「記号の明記されたわり算」の優先順位』の問題だと思っていました。ですから「2a÷2a=1 問題」とでも言ったほうが誤解が少なかったかもしれません。念のため付け加えますが、「÷」を「/」と書いて「2a/2a」でも同じ問題があると思っています。つまり私にとっての関心は、数字か文字かということではなく、「÷」という記号でもない、ということです。
「中学数学もろくに……」について
むしろ中学数学しか知らなければ「2a÷2a=1」に疑問を感じないのかもしれません。そこから先に、高校や大学で数学や物理に触れる機会が増えるほど、この表記を疑わしく感じるのでないかと思います。
私自身がいつからそう思うようになったか、というはじめのところは覚えていませんが、大学のときにその混乱に遭遇したことは覚えています。
1/xy のような簡素なものなら 1/(xy) の意味かと思いやすいかもしれません(それでも疑わしく考えますが)。それよりもやや複雑な k/2(x2+y2+z2) のような形を教科書だか論文だかで目にしました。紙幅を節約するためか、TeXでいう「ディスプレイ形式」ではなく、1行に収めるように表記されている場合、しかも k と 2 の間の線が水平ではなく斜めになっている場合に、この不安が呼び起こされます。そしてこの (x2+y2+z2) は分子の側だっけ、分母の側だっけ、と数ページ前にさかのぼってこの式の導出されるところを確認しなければならないことになります。ゼミのような場面で読み合わせているときにもそれは起こったので、私だけではなくそこに居合わせた学生のみならず教官も含めて、こんなあいまいな書き方はよくないよね、というのがその場での共通認識でした。
中学より後の数学に触れたことのある人で、「2a/2a は 1 か a2 か」と問われて「1 に決まってる」という人はまずいないだろうと思います(私自身が調査をしていませんので断言はしませんが)。はてなブックマークのコメントで「明白だ、中学数学もろくに……、算数できない人……」という人(星を付けた人も含めて)が、いまなぜこれほどいるのか不思議でしかたありません。
「明白」について
私は、
- かけ算とわり算の優先順位は同列である
- かけ算の記号(×)は省略できる。ab は a×b と同じ
- 2a÷2a=1 である
の3つは同時には成り立ち得ない、と理解しています。(1)(2)を前提とするならば、2a÷2a は a2 にしかなりません。
(3)が成り立つと主張する人は、(1)や(2)を否定、つまり、
1′. かけ算の記号を書いたときと省略したときでは意味が違い、省略されたかけ算は明記されたものより優先順位が高い
というルールをいつのまにか導入しています。そうでなければ、どうにも 2a÷2a は 1 になりません。
この(1′)は、学習指導要領や教科書、指導書などに明記されているでしょうか? おそらくないでしょう。(3) を持ち込みながら、一方では (1)(2)を否定しないふりをしている、という姑息な状態になっています。
さてついでに、
というコメントですが、どうもこの人たちの中では、2a は単項式で 2×a は多項式のようです。意味が通じません。
何を測る問題なのか
はてなブックマークのコメントで有益なものはありませんでしたが、そのページからのリンクで発見した『Raccで「6÷2(1+2)」』の後半には、たいへん示唆に富む情報がありました。
https://twitter.com/metameta007/status/576296729949044736から始まる一連のツイートについて,情報源を調べてみました.
- Charles Smith“A Treatise on Algebra” 19頁:https://archive.org/stream/atreatiseonalge04smitgoog#page/n36/mode/2up
- 『代数学教科書第1巻』(チャールズ・スミス著,藤沢利喜太郎訳)の20コマ目:http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/828132/20
- 高木貞治の1911年『数学教科書;師範教育.算術及代数』48頁:http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826333/29
- 高木1909年『代数教科書』68頁、160頁:http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/828242/39 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/828242/85
自分では探そうともしていなかったので、ありがたい情報です。このような資料を示されると、自分の考えをいくらか改めなくてはならないかもしれません。
しかし、現在においても
- (1′)が提唱されていたが、数学の世界にひろく浸透していない
- そのため大抵の人は、紛らわしさを回避するため括弧を使うなど、このルールによる表記法を避けている
- そのため、ますます(1′)は浸透しない
という状況だと推測します。
「提唱されてはいるが評価が定まっていない」「信用できない」「誤解を招くため書くことがためらわれる」ようなものが入試問題として適切かという懸念は、それでも残ります。上に引用したブログの方は学習指導要領(解説)も調べているようですが、(1′)はあからさまには記述されていないようです。それはなぜかということも気になります。
この設問(簡単に 2a÷2a と書きます)は、何を計測しようとしていることになるのでしょうか。『「単項式を単項式で割る」を理解しているか』を見るつもりなら、2a÷(2a) のように括弧を付けてもその目的を達することができます。曖昧さが排除されているので、今回取り上げたような問題は起こりません。
やはり、入試問題としては不適切と言わざるを得ません。
【2019年2月4日追記】
この記事へのコメントは非常に長大になり、今後この記事を目にする人たちにとっては苦痛とも言えるほどになってしまいました。そのため、この記事へのコメントの受付は2019年2月4日をもって停止します。自由に意見を述べることを封殺する意図はありません。後にここを目にする人たちに対しての配慮です。ご理解ください。
この話題の続編とも言える記事が『「6÷2(1+2)」問題は100年前にも議論されていた』にあります。そちらにコメントしようとする場合は、ここに既にあるコメントと内容的に重複しないよう、慎重に考えた上でお願いします。