薪ストーブでブルーベリーパイ

スウちゃん(仮名、9歳)が突然「リンゴない?」と聞いてきました。数日前に買ってきた冷凍パイシートのパッケージの裏に書いてあるアップルパイの作り方を見ていたのです。「そんな急に言われてもないよ」と答えるしかありませんが、夏に採ったブルーベリーがまだ冷凍庫に残っていたことを思い出し、これでやってみることにしました。

材料

  • 冷凍パイシート 4枚入
  • ブルーベリー 適量(100gくらい?)
  • 砂糖 適量(30gくらい)

小鍋(相変わらず鉄鍋でも気にしないことにします)にザラザラっと入れたので正確にはわかりませんが 100gくらいのブルーベリー、それを見て砂糖も適当に。薪ストーブの天板に載せるとすぐ水がどんどん出てきます。とろみが出るまで1時間ちかく煮詰めました。

1枚のパイシートにブルーベリーのジャムを載せ、その上に短冊状に切ったもう1枚分のパイシートを載せました。パッケージには4枚入だったので、これが2組できます。

焼くのも薪ストーブを使います。うちの薪ストーブの火室は幅18インチ、奥行き21½インチとやたら大きく、またガラス窓の前面以外は1¼インチ厚の耐火レンガで囲われていて、ちょうどピザ窯みたいなものなのです。朝から焚いているのでしっかり熱くなっています。火室内の温度を見極めるのが難しいのですが、暖房としては弱すぎるくらい温度が下がってきた頃がちょうどよくなります。炎が上がっているのではもちろんだめで、ジャムを煮詰めている後半からだんだん火を絞り、残った熾は奥の方に押しやって手前を灰だけにして(そうしないと底が熱くなりすぎ、上面が焼ける前に裏面が焦げてしまいます)五徳を入れ、そこにパイ生地を載せたスキレットを置きます。

数分で焼き上がります。するとスウちゃんはさっさとそれを持ってお友達のところへ出かけていってしまいました。出来上がりの味はわかりませんが、鍋に残ったジャムを舐めてみたらちょっと甘すぎたかもしれません。今回は冷凍のパイシートを買ってきていたので、たいへん楽でした。

薪ストーブで八朔マーマレード

家の裏にある八朔がたくさん実をつけたので、マーマレードを作ることにしました。肥料どころか普段から何一つ手をかけない放置状態ですから、掛け値なしの無農薬です。

「焦げつかない程度に火を強くして短時間で」らしいですが、量が多いと結局は時間もかかるし何かと大変なので、うちでは薪ストーブで煮込みます。それに金属でなくホーロー鍋のほうがいいらしいですが、それも気にしないことにします。

材料

  • 八朔 2000g
  • 白砂糖 800g

作業1日め

今年一番の雪の後にソリを引いて収穫に行きました。積もった雪のおかげで実に手が届きました。でもこの雪で大枝が折れてしまいました。来年以降はどうなることやら。

八朔をきれいに洗い、4分の1にカットして、外皮と果肉に分けます。

外皮は、千切り(できるだけ薄くスライス)します。今回はスウちゃん(仮名、9歳)が外皮をぜんぶ包丁でスライスしました。けっこう固いし大丈夫なのかと思いましたが割と上手に薄く切り、いつの間にかこんなことも難なくこなせるようになったんだなあと感心しきり。

果肉は、スウちゃんが外皮を切っている間に父がひたすら薄皮剥き。本当の果肉と、薄皮・種を別にして保存しておきます。

2人とも手が忙しいだけなので、たくさん色々な話ができました。普段は宿題などやらなければならないことや楽しいことに気持ちがいってしまうので、じっくり話す機会が実は減っていたのだなと逆に気づかされました。

外皮は水を換えながら揉み洗いを数回、その後たっぷりの水に浸しておきます。そんな感じで1時間ほどで作業終了。

作業2日め

都合で1日あけたので、丸2日近くも水に浸しておいたことになります。途中で何度か水を換えています。

小鍋で、別にしておいた薄皮・種を少量の水で煮はじめます。2時間ほどでどろどろになるのでザルでこし、その汁を後で使います。

水に浸していた外皮を、水切りして鍋に入れ、500ccくらいの水[1]で1時間ほど煮ます。はじめは全部が水に浸らないのでときどきかき混ぜます。

果肉ぜんぶと砂糖の半量、小鍋でできた汁(増粘剤となるペクチン)を加え、さらに1時間ほど煮ます。瓶の煮沸に湯をたくさん使うので、八朔を煮ている鍋の脇でヤカンなどで沸かしておきます。

八朔を煮ている間に瓶の用意をします。きれいに洗って大きな鍋で煮沸します。大鍋は薪ストーブの上に載せにくいので、これはガスコンロで行います。

さて八朔に戻って、残りの砂糖を加え、水分が少なくなり粘りが出るまで煮ます。焦げつかないように何度もかき混ぜます。ヤカンの湯は煮沸に使ってしまいましたが最後の瓶詰めにもたくさんの湯を使うので、またヤカンで沸かしておきます。

最後は、長期保存のための瓶詰めです。きれいになった瓶にマーマレードを入れていきます。瓶の口とネジの部分をきれいに拭いてから蓋を載せ、ネジ蓋を軽く締めます(蓋の丸い平らな部分と、周囲のネジの部分が分離しているタイプです)。このときはまだ強く締めません。カゴに入れて煮立ったお湯に瓶の下半分を浸し、10分ほど瓶ごと茹でます。これは大鍋であることと瞬発的な火力がほしいのでガスコンロで行います。

充分熱くなったらそこから瓶を引き上げながらネジ蓋を強く締めます。だんだん冷めてくると中の圧力が下がり、「ペコッ」と音がして蓋の中央が凹みます。密封できている証拠です。これで軽く1年は保存できます。半パイント瓶に11本のマーマレードが完成しました。

今回はちょっと手を抜いたこともあって、苦味がやや強くなりました。それはそれで美味しいですけどね。外皮の内側の白い部分を包丁を入れてできるだけ取り除く、外皮を煮る際のはじめの煮汁を捨てる、薄皮・種は使わない、そして砂糖を多めになどすれば、もうちょっと苦味の少ない甘いマーマレードができるかもしれません。

  1. 結局、最後は煮詰めるので水の量は適当です。

昨年のクリスマスプレゼント「スナップサーキット Snap Circuits Snaptricity」

昨年のクリスマスプレゼントを振り返るシリーズ。スウちゃん(仮名・当時8歳)が受け取ったのは「スナップサーキット Snap Circuits Snaptricity」でした。

日本での情報が多く、たぶん簡単に購入できそうなのは SC-100 か SC-300 です。それらのマニュアルを PDF で見ることができるので、よく見てみました。するとトランジスタや、さらにはブラックボックス化している IC までが部品にあることがわかりました。そもそも電気回路の初歩の初歩も知らない子にはレベルが高すぎるし、ブラックボックスが含まれるのはいただけません。作例の数が 100 や 300 となってはいますが、そういうものを除くとぐっと少なくなってしまいます。

Webページを見てみると、基本モデルセットだけでも実はたくさんあることがわかりました。そのうち Snaptricity (SCBE75) は次のようです。

  • 部品は豆電球、スイッチ、モーター、メーターなどで、入門用にはぴったり。トランジスタ・抵抗・コンデンサなどはないが SC-100 にはない電磁石がある。
  • 日本では入手しにくそうだが、アメリカの Amazon.com で購入すれば、送料を入れてもけっこう安い。
  • マニュアルが充実。SCBE75 のマニュアルは作例ごとに Educational Corner という解説がついていて、これがちょっとした教科書並みにいい。
  • いざとなれば(つまりスウちゃんがぐっとのめり込んできたら)追加パーツを購入すればいいさ。あるいは Project Labs EP130 というのもいい[1]

抵抗くらいは欲しい気がしますが、このキットでオームの法則の実験例では豆電球やモーターを抵抗として使っています。確かにそれでいいですね。

マニュアルは英語ですがとても丁寧な感じです。でも英語だとスウちゃんはきっと見向きもしないので、父が翻訳版を作ることにしました。図がメインなのでそれはオリジナルを見てもらって、文章のところだけ。作例も75ほどなのでなんとかなるでしょう。PDF のマニュアルが Web ページから見ることができるので、実物が届く前からすこしづつ訳し始めました。

スウちゃんは、まずマニュアルの作例を見ながら組んでみました。プロペラが飛び上がるのが単純に面白いらしく、ゲラゲラ笑いながら何度もやっていました。そのうちマニュアルを離れ、とにかく電池の両端をつなぐ路ができればいいということに気づき、その間に電球やらスイッチやらを入れながら適当に組んでやってみていました。横から口を出してあまり勉強ぽく言ってもつまらなくなるので放っていますが、ときどき思い出したように遊んでいます。

作りはしっかりしていて、スナップもなかなか勝手のいいものです。何度も書きますが、マニュアルの充実ぶりはたいへんすばらしいものです。惜しむらくは日本語でないこと。訳をプリントして渡してみたものの、やはりはじめから自分で読めるものがあるともっと入り込みやすかったでしょう。日本で「電脳サーキット」という名前で売られているものには日本語解説書が付くようです(残念ながら Snaptricity の日本版はないようです)。

もうひとつ残念だったのは、3つの電球の抵抗値(明るさ)がかなり違うことです。もうちょっと揃っていないと、簡単な「直列つなぎと並列つなぎ」の違いも実感しにくいと思いました。

いまのスウちゃんには特に磁力のところは、マニュアルどおりに組んでやってはみたものの、あまりピンときていない模様です。数年前のプレゼント Zome toolと同じく、もう何年か経ってからでも遊び直してほしいものです。

  1. すごく昔、学研マイキット(検索してみたら「システム7」というセット)というそっくりなもので父は遊んでいました。

消しゴムを使うな

小学校3年生のスウちゃん(仮名)は夏休みに入りました。

1学期のあいだ、テストがいくつもありました。宿題のプリントもそれはそれはたくさんありました。どれも採点されて返されます。スウちゃんはどうしてもうっかりミスが多く、なかなか100点が取れません。そういうたくさんのプリントやテストを持ち帰って見せてくれるのですが……。

間違えたところも解答が消しゴムで消されて書き直され、丸が付けられています。先生がそのようにしているのです。「ぜんぶ丸になるまで」という指導のようです。担任の先生は毎年変わっているのですが、これまでのどの先生もこのやり方でした。流行りというか、そういう指導の指導でもあるのでしょうか。

プリントを持ち帰ったスウちゃんに「ここ、はじめはどういうふうに間違ったの?」と聞いても「わからない。忘れた」というのがほとんどで、何をどのように間違えたかがわからないのです。この「間違った答を消しゴムで消して丸になるまで」の効果がさっぱりわかりません。

授業中にとるノートも、消しゴムを使ってきれいに仕上げることが徹底して指導されているようです。まあ、まだ小学校低学年ですから「ノートの書き方」そのものを教えなければならないこともわかるのですが。

しかし子どもは、短絡的にしか理解していません。

先日、スウちゃんは宿題の漢字練習をやっていました。ひとつの漢字を1行びっしり書き、漢字ドリル2ページ分、つまり20個ほどの漢字を練習するというものです。そのやり方自体がいいかどうかはここではとやかく言わないことにします。

スウちゃんは最後近くまでいったところで、そのびっしり書いたほとんど丸2ページ分を消しゴムで消し始めました。私がびっくりして「どうしたの?」と聞くと、3文字めか4文字めの漢字を飛ばしていたことに気がついたのでやり直すというのです。「いや、もういいよ。飛ばしていた字を最後に1行やればいいよ」と私が言っても、「そんなんじゃだめなんだよ。先生がちゃんとぜんぶ消して書き直しなさいって言うもん」と、泣きそうになりながら頑なに消しゴムをかけ続けます。時間はものすごく無駄だし消しゴムのかすもひどいことになるし、漢字練習の意味も何もありません。それでも先生の言うことは絶対のようです。本当に先生がここまでのことを要求しているかどうかは不明ですが、普段のノートやプリントの指導からして、子どもがこのように理解していても不思議はありません。

***

スウちゃんのことを離れて、自分のことを書きます。

もう何十年も前、私が子どもだったころ、父にノートの使い方を教わったことを思い出しました。父は高校の教師でしたから、多くの経験からそれを確立していたのだと思います。

美しさにこだわらない
本でもないし人に見せるものでもない。自分のためのもの。
詰め込みすぎない
とはいえギュウギュウに書いても、自分ですら読み返せない。訂正(後述のように消しゴムはなるべく使わない)したりコメントを追記したりできる余裕を持たせる。
2本のラインを引く
ノートのページを番号欄、本体、備考欄に3分割して使う。これをうまく説明する参考にできるものはないかと検索してみたら、「東大合格生が小学生だったときのノート」というものを見つけました。「約束5」がまさに父が教えてくれたことそのものです。
消しゴムはなるべく使わない
途中式、間違いにも意味がある。備考欄を活用すれば消しゴムはあまり使わずに済むはず。
定規はなるべく使わない
定規を使わずに直線をきれいに描く練習はあらかじめしておく。分数や筆算のときはもちろん、数直線やグラフのときにも不要。

先ほどの「東大合格生が小学生だったときのノート」の紹介PDFを見てみると、ここに挙げたほかの項目も実にそっくりという気がします。先駆けること数十年、わが父ながら感服します。

私が父に教わったのは小学校の高学年のころだったと記憶しています。自分でも非常に効果的だと実感したので、その後の中学・高校もしっかり踏襲していました。東大にこそ進まなかったけれどそれなりの成果にもつながったのだろうと、いま振り返ってみても思います。

***

スウちゃんはいま夏休みの宿題(ドリル)に取り組んでいます。採点は親がやることになっています。やっぱりうっかりミスが多いスウちゃんに「間違ったところは消さないで、その脇にもう一度考え直してから答を書いてごらん」と言って採点したものを渡しても、もう染み込んでしまった習慣で、見直しもそこそこにまず最初に消しゴムで消してしまうのでした。先生の威厳と信頼を損ねないように気をつけながら、なんとかこの悪癖を止めさせたいものです。

dvipdfmx の map の置き場所

TeXLive 2016 から 2017 での変化なのか、Debian 固有の問題なのかわからないが、メモ。

LaTeX から PDF を作るのに dvipdfmx を使っている。いまどきは、はじめから pdfLaTeX とか LuaLaTeX を使うのだろうが、もう10年ほどもこの方法で、スクリプトにしてやっているからそのままだ。

つい最近、Debian Testing(Buster) でパッケージを更新したら TeXLive が 2016 から 2017 になったようで、dvipdfmx でフォントを埋め込む際に参照する map ファイルが見つけられず PDF を作れなくなってしまった。map ファイルは /etc/texmf/dvipdfmx/ 以下にある。

調べてみると、/usr/share/texlive/texmf-dist/web2c/texmf.cnf で、以前も今も

TEXMFSYSCONFIG = /etc/texmf

は変わらないが、

TEXMF = {$TEXMFCONFIG,$TEXMFVAR,$TEXMFHOME,$TEXMFSYSCONFIG,!!$TEXMFSYSVAR,!!$TEXMFLOCAL,!!$TEXMFDEBIAN,!!$TEXMFDIST}

TEXMF = {$TEXMFAUXTREES$TEXMFCONFIG,$TEXMFVAR,$TEXMFHOME,!!$TEXMFLOCAL,!!$TEXMFSYSCONFIG,!!$TEXMFSYSVAR,!!$TEXMFDEBIAN,!!$TEXMFDIST}

になり、

TEXMFDBS = {!!$TEXMFSYSVAR,!!$TEXMFLOCAL,!!$TEXMFDEBIAN,!!$TEXMFDIST}

TEXMFDBS = {!!$TEXMFLOCAL,!!$TEXMFSYSCONFIG,!!$TEXMFSYSVAR,!!$TEXMFDEBIAN,!!$TEXMFDIST}

に変更されていた。要するに $TEXMFSYSCONFIG に !! が付き、それが $TEXMFDBS に含められている。

対処としては texmf.cnf の設定を以前と同じようにすればいいのかもしれないが、/etc/texmf/ls-R を(mktexlsrで)作成すれば、すんなり元のように PDF を作れるようになった。どちらのほうがいいのだろう。

“しきんだん”、あるいは海戦ゲーム

スウちゃん(仮名、3年生)は、最近とくに退屈していて、うっかりするとぼーっとテレビを見続けている。そんなにテレビを見るんじゃないと言うと「じゃ、あそぼう!」となるが、トランプなども飽きてしまった。

ふと、父である私がちょうどいまのスウちゃんの歳のころにやった、紙と鉛筆で遊ぶゲームを思い出し、やってみることにした。当時は意味もわからず「しきんだん」と呼んでいたが、これが“至近弾”と知るのはもう少し後のことだった。いま調べてみると Wikipedia にある「海戦ゲーム」にそっくりで、簡略化されたローカルルール版だったのだろう。

ゲームの概要

2人で対戦する。
それぞれ手持ちの紙のマス目に自分の軍艦3隻を置き、相手には秘密にする。交互に「砲撃」して、相手の艦をすべて言い当て(撃沈し)たほうが勝ちとなる。
マス目は 8×8。行・列番号をつける。
広くしても狭くしてもいいだろう。行・列番号は、スウちゃんの今後の算数の学習を考慮して、それに合わせた。
最初の軍艦の数は3隻。区別はしない。
広さに合わせて増減させてもいいだろう。
交互に「砲撃」する。ただし砲撃の代わりに「移動」してもよい。
  • 「砲撃」は、「(2,3)に砲撃」のように、座標を伝えることで行う。1回につき1発のみ(移動する場合は砲撃できない)。
  • 砲撃の「射程」は、自艦の周囲1マス分のみ。つまり自艦のまわり8マス(斜めも含む)のみ砲撃可能。
  • 「移動」は、「北へ1マス」のように、方位と距離を伝える。どの艦が移動するかは伝えなくてよい
  • 移動は、東西南北(上下左右)の直進のみ。
  • 移動は1回につき1隻。移動する回は、砲撃できない。
砲撃の宣告を受けたら、「命中」「至近弾」「異常なし」を答える。
「命中」は、沈没を意味し、艦を消去する。
「至近弾」は、着弾点の周囲1マス分、まわり8マス(斜めも含む)のいずれかに艦がいることを意味する。
「異常なし」は、着弾点の周囲1マス分内に艦がいないことを意味する。

ゲームの途中で気づいて取り決めたが、「自艦のいるマスを砲撃すると、自艦も沈没する」とした。

練習

はじめからルール全部を教えるのは大変だと思ったので、次のようなステップを数回ずつ繰り返しながら徐々に習得してもらった。

  • 5×5マス。艦は1隻。射程の制限なし。移動もなし。これで座標の読み方、砲撃の宣告方法を練習した。
  • 5×5マスに1隻で、射程あり。これで射程の制限と「至近弾」の応答を練習した。
  • 8×8マスに広げ、艦は3隻。移動もありにして、ぜんぶのルールを導入した。

これで無理なくルールを覚えることができた。

ゲームの楽しみ

トランプなどに飽き飽きしていたスウちゃんはすぐにノッてきて、何度も繰り返しやりたがった。頭を使うのが楽しいらしい。数回のうちにメモのとり方も工夫して上手になった。だんだん自分の砲撃による探索と、相手の砲撃の着弾から相手の艦の位置を絞り込めるようになった。そして「自分の行動が、相手に自分の情報を与えてしまうこと」を学んだ。

さらに繰り返すうちに、自艦の配置を適度な間隔にして相手を幻惑させること、狙われている艦ではなく別の艦を移動させて(このルールではどの艦か宣告しなくてもいい)情報を撹乱すること、など高等戦略まで身につけたのだった。

試しに、調べてみて出てきた「海戦ゲーム」もやってみた。ルールが複雑になっているが、楽しさはあまり変わらない。むしろ、どの艦が移動するかがあからさまになるので、この点はローカルルール版のほうが面白みがある。

そのうちメールやチャットを介して「通信チェス」みたいにやったりできるかな、もっと先にはコンピュータでこのゲームのプログラムを組みたくなったりしてくれないかな、などと父である私は思っているのであった。

Mastodon / GNU social はブログである

GNU social のインストール

Mastodon ブームに乗って GNU social をインストールしてみました。

このところ Mastodon が大流行のようで、その流れに乗って mastodon.cloud にアカウントを作ってみて、そこで情報を仕入れていくつかの記事を読んでどんなものかが少しづつわかってきました。割と早い時期に目にしてたいへん参考になったのは「gnusocial や mastodon の哲学」です。

早速自分でもインスタンスを立ててみようかと思いましたが、環境が整っていれば簡単そうなものの、その環境を準備するのが面倒くさい。そこで Mastodon と交流可能な GNU social を見てみることにしました。参考になったのは「GNU socialのインストール」です。

GNU social のインストールは、インストール版 WordPress を使ってことのある人にとっては簡単です。その説明を読めば分かるように、基本的に要件は PHP, MariaDB(MySQL), Web サーバー(Apache など)で、WordPress のそれと同じです。

まず https://git.gnu.io/gnu/gnu-socialから GNU social を入手し、Web サーバーでアクセスできるところに展開します。既に WordPress を動かしているサーバーなら、https://expample.net/social などのようにサブディレクトリでもいいでしょう。

それから、データベースにアカウントを用意しておきます。

そしてブラウザからアクセスします。あとは欄を埋めるだけです。サイト名、データベースのID、パスワード、管理者の名前、パスワードなどです。これで設定ファイル config.php が作られます。

これで終わり。このへんの手順も WordPress の「5分でインストール」にそっくりです。

一人だとちょっとさびしい

GNU social や Mastodon のタイムラインは

  1. 自分の発言
  2. 自分がフォローしている人たちの発言
  3. ローカル = 同一インスタンスのユーザーの(A)の和
  4. ネットワーク = 同一インスタンスのユーザーの(B)の和(だと思う)

があります。おひとり様インスタンスだと、(C)や(D)の意味がないので、ちょっとさびしいです。

要はブログである

おひとり様インスタンスを立ち上げてみて、WordPress そっくりのインストール過程からも感じたのは、「これは要はブログである」ということです。実際「マイクロブログシステム」と言われています。Twitter もそう言われていましたが、同一サーバー(名前空間)にすべてのユーザーがいるためにそれを意識することがなくなっていました。

自分の発言はブログで言うところの「記事」に相当し、その記事にコメントがついたりトラックバックしているようなものと考えることができます。記事を極端に短くして、コメント/トラックバックを短期間に大量に投げ合っているイメージです。「フォロー」というのは RSS で情報をやり取りして自分のブログに相手方の記事を混ぜ込むようなものです。ブログの記事を寄せ集める Planet (そういえば最近とんと聞かなくなった言葉です) に似ています。

このように考えるとストンと腹に落ちました。Mastodon や GNU social は自分の書く記事と大量のコメントをデータベースに蓄え、それを整形して表示するものと言えます(もちろん他のインスタンスに情報を送る機能を持っていて、それが肝なのですが)。デフォルトの GNU social の見かけに対して、はじめから添付されている qvitter を使うようにすると、同じ中身を Twitter そっくりにして表示します。WordPress で言うところの「テーマ」と同様に、GNU social も外見を変更できます(INSTALL の Themes の節を参照)。

それにしても、ブログをぎゅっと圧縮すると、あたかも IRC やネットニュース(NNTP) のような様態になるとは面白いことです。

やっぱりブログである

「ブログの集合体」と考えると、たとえば「そろそろマストドンについて語っておくか」に見られるような批判は、当たらないとは言わないまでもピント外れと言うべきでしょうか。

たとえば WordPress を自分のサイトに導入してブログを始める。それ自体はとやかく言われることではないでしょう。そうやってブログを運用する大抵のサイトは、アカウント作成を開放して不特定多数の人がそこに書き込む権限を渡すようなことはしません。一人か、もしくは特定少数のライターに権限を与えて運用されています。それと対比すれば mastodon.cloud や mstdn.jp はかなり特殊な状態です。逆に、ユーザー側からしても同じです。他所のブログサイトにアカウントを作れるからと言って、得体がしれないのに個人情報を渡すのだとすれば、それはユーザー側にも落ち度があります。何も Mastodon や GNU social の問題ではありません。

サーバーの設置は自由なソフトウェア実装が存在するだけではだめで、十分な性能を持ったコンピューターと十分なネットワーク帯域が必要になる。GNU SocialはPHPで実装されているし、マストドンはRuby on Railsで実装されている。実行には普通にWebサーバーを運営するのと同じだけの煩わしさがある。

これだけサーバーの実行が面倒だと、結局、既存のサーバーを利用するものが大半だろう。その結果、どこかの学生が1個人が運営している怪しげなサーバーに人が集中する。これはとても問題だ。

自分でやってみて実感しましたが、「これだけサーバーの実行が面倒だ」とは思いません。何度も引き合いに出しますが、インストール版 WordPress がこれだけ広がっているなら、それとほぼ同じ手間で設置できるものですから、同じくらい広まる可能性はあります。そもそも知らなかったという人たちが多いのだと思います。私自身、GNU social という言葉はどこかで小耳に挟んでいたものの、それが何かということを知ろうとはしていませんでした。それが今回の Mastodon 大流行でちょっと触ってみる気になったのです。これから雨後の筍のごとく、あちこちでおひとり様インスタンスが立ち上がるでしょう。

ブログシステムの WordPress も近年になってホスティング会社が簡単にセットアップできる仕組みを提供しています。それと同様になればかなり広まるでしょう。さっそくさくらのクラウドのスタートアップスクリプト Mastodon が現れています。

脱中央集権化

ところで、はじめに紹介した記事「gnusocial や mastodon の哲学」でも強調されている理念に「脱中央集権化 decentralization」があります。それは、今回の大流行に関係しているでしょうか。

もし多くの人がその理念を好ましく思っているなら、いま日本で大流行の LINE などより XMPP のようなオープンなメッセージングシステムが受け入れられていてもいいように思います。ところが登場時期については全く逆で、XMPP のほうがずっと前から存在するのに後から出てきた LINE があっという間に広まりました。

理念よりも、何かもっと表面的なこと—たとえば見た目のいいアプリとか—がきっかけのようにも思えます。XMPPサーバーを公開して数年経つのに登録者はあんまり増えていないからなあ。