ノートパソコンに Debian をインストール

スウちゃん(仮名、4年生)が「ノートパソコンがほしい」と言い出しました。学校でも PC に少し触ることがあるし、家でも親がスマホやタブレットでなく大きな画面でカタカタやっているので興味はあるのでしょう。ほう、では何をやりたいか書き出してごらん、と言うと、「字を打てるようになる」「ゲーム」「メール」「プリント」とのこと。「プリント」って何と聞いてみると、宿題などのために調べ物をしたらそれをプリンターに出したいということでした。

ラップトップ型パソコン

興味を持ったときがチャンスだと思い、早速探してみました。はじめ中古は考えていなかったのですが本人に「中古でもいい?」と聞いてみたらまったく気にしないとのことで、1年落ちで14インチ、メモリ8GB、SSDが240GBという一段上のスペックのものが安い価格で見つかり早速購入。いまどき OS なしのパソコンを探すのは難しいので Windows10 も込みです。状態説明で「タッチパッドにテカリあり」となっていましたが、仮に新品でも使いはじめたらすぐにこのくらいになってしまうだろうという程度で、それに普段使う角度から見るとまったく気になりません。ほかに特に問題はなく、今のところいい買い物だったと思っています。

さて Windows10 が入っていても、私自身が普段使いしておらず面倒を見きれないので、さっそくおさらばすることにします。購入時に聞いたのですが Windows のプロダクトキーはどこかに記載したものは一切ないとのことでしたので、一度 Windows10 で起動して確認し(その方法はネットで探しました)、控えておきます。これで、そのうちどうしても他所と同じ Windows じゃないとと言い出した時には戻せます。

Debian stretch のインストール

現時点での安定版 Debian stretch をインストールしていきます。

まず親機で netinst イメージ (300MB ほど)を USB メモリにコピーします。これをラップトップ機に挿して起動し、あとは画面の指示に従っていくだけです。途中、ハードウェアを解析し必要なものを要求してくるので、それ( firmware-iwlwifi の deb パッケージ)を親機で 別の USB メモリに入れて、ラップトップ機の別の USB の口から与えました。ネットがつながればあとはあっさりインストール完了です。

task-xfce-desktop を選択したので、LibleOffice はじめ一通りのアプリケーションが揃っています。日本語変換は fcitx と mozc (キー設定はMS-IME互換)の組み合わせ。デスクトップのパネルを下に配置することで Windows にかなり似せました。「学校でさわるのとちょっと違うよ」と言い、スウちゃんも今の時点では難なく受け容れています。

スウちゃんの希望(「ゲーム」は昨年のクリスマスに Nintendo Switch をもらったこともあって却下)に沿うため、thunderbird をインストールしましたが、実際にはまだ使っていません。XMPP (チャット)クライアントの Gajim を入れてやり、同じ家の中から私が話しかけてやります。スピーディだし、絵文字もすぐ選べるから楽しいし、なんとか返答しようとしてキー入力もやります。動機づけには十分です。

印刷のためには、cups のパッケージを一通りと、うちにあるのは Brother のプリンターなので、メーカーのサイトから入手したドライバーをインストール。そうか、そのドライバーは i386 用なので、その前にマルチアーキテクチャ対応にする必要がありました。

久しぶりにクリーンインストールを行いましたが、それにしても Debian のインストールからデスクトップ環境構築までがこんなに楽になっているとは驚きました。

昨年のクリスマスプレゼント「スナップサーキット Snap Circuits Snaptricity」

昨年のクリスマスプレゼントを振り返るシリーズ。スウちゃん(仮名・当時8歳)が受け取ったのは「スナップサーキット Snap Circuits Snaptricity」でした。

日本での情報が多く、たぶん簡単に購入できそうなのは SC-100 か SC-300 です。それらのマニュアルを PDF で見ることができるので、よく見てみました。するとトランジスタや、さらにはブラックボックス化している IC までが部品にあることがわかりました。そもそも電気回路の初歩の初歩も知らない子にはレベルが高すぎるし、ブラックボックスが含まれるのはいただけません。作例の数が 100 や 300 となってはいますが、そういうものを除くとぐっと少なくなってしまいます。

Webページを見てみると、基本モデルセットだけでも実はたくさんあることがわかりました。そのうち Snaptricity (SCBE75) は次のようです。

  • 部品は豆電球、スイッチ、モーター、メーターなどで、入門用にはぴったり。トランジスタ・抵抗・コンデンサなどはないが SC-100 にはない電磁石がある。
  • 日本では入手しにくそうだが、アメリカの Amazon.com で購入すれば、送料を入れてもけっこう安い。
  • マニュアルが充実。SCBE75 のマニュアルは作例ごとに Educational Corner という解説がついていて、これがちょっとした教科書並みにいい。
  • いざとなれば(つまりスウちゃんがぐっとのめり込んできたら)追加パーツを購入すればいいさ。あるいは Project Labs EP130 というのもいい[1]

抵抗くらいは欲しい気がしますが、このキットでオームの法則の実験例では豆電球やモーターを抵抗として使っています。確かにそれでいいですね。

マニュアルは英語ですがとても丁寧な感じです。でも英語だとスウちゃんはきっと見向きもしないので、父が翻訳版を作ることにしました。図がメインなのでそれはオリジナルを見てもらって、文章のところだけ。作例も75ほどなのでなんとかなるでしょう。PDF のマニュアルが Web ページから見ることができるので、実物が届く前からすこしづつ訳し始めました。

スウちゃんは、まずマニュアルの作例を見ながら組んでみました。プロペラが飛び上がるのが単純に面白いらしく、ゲラゲラ笑いながら何度もやっていました。そのうちマニュアルを離れ、とにかく電池の両端をつなぐ路ができればいいということに気づき、その間に電球やらスイッチやらを入れながら適当に組んでやってみていました。横から口を出してあまり勉強ぽく言ってもつまらなくなるので放っていますが、ときどき思い出したように遊んでいます。

作りはしっかりしていて、スナップもなかなか勝手のいいものです。何度も書きますが、マニュアルの充実ぶりはたいへんすばらしいものです。惜しむらくは日本語でないこと。訳をプリントして渡してみたものの、やはりはじめから自分で読めるものがあるともっと入り込みやすかったでしょう。日本で「電脳サーキット」という名前で売られているものには日本語解説書が付くようです(残念ながら Snaptricity の日本版はないようです)。

もうひとつ残念だったのは、3つの電球の抵抗値(明るさ)がかなり違うことです。もうちょっと揃っていないと、簡単な「直列つなぎと並列つなぎ」の違いも実感しにくいと思いました。

いまのスウちゃんには特に磁力のところは、マニュアルどおりに組んでやってはみたものの、あまりピンときていない模様です。数年前のプレゼント Zome toolと同じく、もう何年か経ってからでも遊び直してほしいものです。

  1. すごく昔、学研マイキット(検索してみたら「システム7」というセット)というそっくりなもので父は遊んでいました。

消しゴムを使うな

小学校3年生のスウちゃん(仮名)は夏休みに入りました。

1学期のあいだ、テストがいくつもありました。宿題のプリントもそれはそれはたくさんありました。どれも採点されて返されます。スウちゃんはどうしてもうっかりミスが多く、なかなか100点が取れません。そういうたくさんのプリントやテストを持ち帰って見せてくれるのですが……。

間違えたところも解答が消しゴムで消されて書き直され、丸が付けられています。先生がそのようにしているのです。「ぜんぶ丸になるまで」という指導のようです。担任の先生は毎年変わっているのですが、これまでのどの先生もこのやり方でした。流行りというか、そういう指導の指導でもあるのでしょうか。

プリントを持ち帰ったスウちゃんに「ここ、はじめはどういうふうに間違ったの?」と聞いても「わからない。忘れた」というのがほとんどで、何をどのように間違えたかがわからないのです。この「間違った答を消しゴムで消して丸になるまで」の効果がさっぱりわかりません。

授業中にとるノートも、消しゴムを使ってきれいに仕上げることが徹底して指導されているようです。まあ、まだ小学校低学年ですから「ノートの書き方」そのものを教えなければならないこともわかるのですが。

しかし子どもは、短絡的にしか理解していません。

先日、スウちゃんは宿題の漢字練習をやっていました。ひとつの漢字を1行びっしり書き、漢字ドリル2ページ分、つまり20個ほどの漢字を練習するというものです。そのやり方自体がいいかどうかはここではとやかく言わないことにします。

スウちゃんは最後近くまでいったところで、そのびっしり書いたほとんど丸2ページ分を消しゴムで消し始めました。私がびっくりして「どうしたの?」と聞くと、3文字めか4文字めの漢字を飛ばしていたことに気がついたのでやり直すというのです。「いや、もういいよ。飛ばしていた字を最後に1行やればいいよ」と私が言っても、「そんなんじゃだめなんだよ。先生がちゃんとぜんぶ消して書き直しなさいって言うもん」と、泣きそうになりながら頑なに消しゴムをかけ続けます。時間はものすごく無駄だし消しゴムのかすもひどいことになるし、漢字練習の意味も何もありません。それでも先生の言うことは絶対のようです。本当に先生がここまでのことを要求しているかどうかは不明ですが、普段のノートやプリントの指導からして、子どもがこのように理解していても不思議はありません。

***

スウちゃんのことを離れて、自分のことを書きます。

もう何十年も前、私が子どもだったころ、父にノートの使い方を教わったことを思い出しました。父は高校の教師でしたから、多くの経験からそれを確立していたのだと思います。

美しさにこだわらない
本でもないし人に見せるものでもない。自分のためのもの。
詰め込みすぎない
とはいえギュウギュウに書いても、自分ですら読み返せない。訂正(後述のように消しゴムはなるべく使わない)したりコメントを追記したりできる余裕を持たせる。
2本のラインを引く
ノートのページを番号欄、本体、備考欄に3分割して使う。これをうまく説明する参考にできるものはないかと検索してみたら、「東大合格生が小学生だったときのノート」というものを見つけました。「約束5」がまさに父が教えてくれたことそのものです。
消しゴムはなるべく使わない
途中式、間違いにも意味がある。備考欄を活用すれば消しゴムはあまり使わずに済むはず。
定規はなるべく使わない
定規を使わずに直線をきれいに描く練習はあらかじめしておく。分数や筆算のときはもちろん、数直線やグラフのときにも不要。

先ほどの「東大合格生が小学生だったときのノート」の紹介PDFを見てみると、ここに挙げたほかの項目も実にそっくりという気がします。先駆けること数十年、わが父ながら感服します。

私が父に教わったのは小学校の高学年のころだったと記憶しています。自分でも非常に効果的だと実感したので、その後の中学・高校もしっかり踏襲していました。東大にこそ進まなかったけれどそれなりの成果にもつながったのだろうと、いま振り返ってみても思います。

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スウちゃんはいま夏休みの宿題(ドリル)に取り組んでいます。採点は親がやることになっています。やっぱりうっかりミスが多いスウちゃんに「間違ったところは消さないで、その脇にもう一度考え直してから答を書いてごらん」と言って採点したものを渡しても、もう染み込んでしまった習慣で、見直しもそこそこにまず最初に消しゴムで消してしまうのでした。先生の威厳と信頼を損ねないように気をつけながら、なんとかこの悪癖を止めさせたいものです。

“しきんだん”、あるいは海戦ゲーム

スウちゃん(仮名、3年生)は、最近とくに退屈していて、うっかりするとぼーっとテレビを見続けている。そんなにテレビを見るんじゃないと言うと「じゃ、あそぼう!」となるが、トランプなども飽きてしまった。

ふと、父である私がちょうどいまのスウちゃんの歳のころにやった、紙と鉛筆で遊ぶゲームを思い出し、やってみることにした。当時は意味もわからず「しきんだん」と呼んでいたが、これが“至近弾”と知るのはもう少し後のことだった。いま調べてみると Wikipedia にある「海戦ゲーム」にそっくりで、簡略化されたローカルルール版だったのだろう。

ゲームの概要

2人で対戦する。
それぞれ手持ちの紙のマス目に自分の軍艦3隻を置き、相手には秘密にする。交互に「砲撃」して、相手の艦をすべて言い当て(撃沈し)たほうが勝ちとなる。
マス目は 8×8。行・列番号をつける。
広くしても狭くしてもいいだろう。行・列番号は、スウちゃんの今後の算数の学習を考慮して、それに合わせた。
最初の軍艦の数は3隻。区別はしない。
広さに合わせて増減させてもいいだろう。
交互に「砲撃」する。ただし砲撃の代わりに「移動」してもよい。
  • 「砲撃」は、「(2,3)に砲撃」のように、座標を伝えることで行う。1回につき1発のみ(移動する場合は砲撃できない)。
  • 砲撃の「射程」は、自艦の周囲1マス分のみ。つまり自艦のまわり8マス(斜めも含む)のみ砲撃可能。
  • 「移動」は、「北へ1マス」のように、方位と距離を伝える。どの艦が移動するかは伝えなくてよい
  • 移動は、東西南北(上下左右)の直進のみ。
  • 移動は1回につき1隻。移動する回は、砲撃できない。
砲撃の宣告を受けたら、「命中」「至近弾」「異常なし」を答える。
「命中」は、沈没を意味し、艦を消去する。
「至近弾」は、着弾点の周囲1マス分、まわり8マス(斜めも含む)のいずれかに艦がいることを意味する。
「異常なし」は、着弾点の周囲1マス分内に艦がいないことを意味する。

ゲームの途中で気づいて取り決めたが、「自艦のいるマスを砲撃すると、自艦も沈没する」とした。

練習

はじめからルール全部を教えるのは大変だと思ったので、次のようなステップを数回ずつ繰り返しながら徐々に習得してもらった。

  • 5×5マス。艦は1隻。射程の制限なし。移動もなし。これで座標の読み方、砲撃の宣告方法を練習した。
  • 5×5マスに1隻で、射程あり。これで射程の制限と「至近弾」の応答を練習した。
  • 8×8マスに広げ、艦は3隻。移動もありにして、ぜんぶのルールを導入した。

これで無理なくルールを覚えることができた。

ゲームの楽しみ

トランプなどに飽き飽きしていたスウちゃんはすぐにノッてきて、何度も繰り返しやりたがった。頭を使うのが楽しいらしい。数回のうちにメモのとり方も工夫して上手になった。だんだん自分の砲撃による探索と、相手の砲撃の着弾から相手の艦の位置を絞り込めるようになった。そして「自分の行動が、相手に自分の情報を与えてしまうこと」を学んだ。

さらに繰り返すうちに、自艦の配置を適度な間隔にして相手を幻惑させること、狙われている艦ではなく別の艦を移動させて(このルールではどの艦か宣告しなくてもいい)情報を撹乱すること、など高等戦略まで身につけたのだった。

試しに、調べてみて出てきた「海戦ゲーム」もやってみた。ルールが複雑になっているが、楽しさはあまり変わらない。むしろ、どの艦が移動するかがあからさまになるので、この点はローカルルール版のほうが面白みがある。

そのうちメールやチャットを介して「通信チェス」みたいにやったりできるかな、もっと先にはコンピュータでこのゲームのプログラムを組みたくなったりしてくれないかな、などと父である私は思っているのであった。

「かけられる数」「かける数」ってわかりやすい言葉なのだろうか

そうこうしているあいだに、小学2年生のスウちゃん(仮名)の冬休みが終わり3学期になりました。2学期末は学校でかけ算をやっていましたが、宿題で持ち帰るプリントやドリルでは、かの有名な「かけ算順序問題」が繰り返し繰り返し出されます。延べ10回は超えているでしょう。しかしスウちゃんはちっとも引っかからず、求められているとおりに答えるので、親としてはやや拍子抜けです。「かけ算順序問題」そのものについては、ここでは深入りしません。既にあちこちで語られているでしょうから。

さて、「6×4 の式でかけられる数はどちらですか」のような設問も見られます。この「かけられる数」という言葉(言い回し)は、どうにも分かりにくいと感じます。大人でも混乱しそうです。少なくとも私はそうです。たぶん「受け身」(受動態)という形が普通ではないからでしょう。私はしばらくあるフリーソフトの翻訳に関わっていましたが、そこでも日本語の訳文は「できるだけ受け身にしない」という指針でした。

毎年数万人、延べ何百万人の先生方は疑問に思わないのでしょうか? まあ先生ほど普段から使っているから身についてしまって何とも思わないのかもしれません。百歩譲って、「かけられる数」「かける数」の区別が重要だとしても(それは教える側の問題であって、子どもたちがそれを意識する必要はないというのが私の考えです)、たとえば「はじめの数」や「もとになる数」、もっと簡単に「もとの数」とかいう語ではだめなのでしょうか。だいぶましだと思うのですが。そういう語だと加減乗除のどの場合にも左側の数をそう呼べるので、統一的な理解にもつながりそうにも思います。そうしない理由がどこかにあるのでしょうか。

ところで、念のために「かけ算順序問題」についての私の考えをさらっと書いておきます。

  • 教室で子どもたちに順序つきで教えること自体に異論はない。逆順も教えなければならないとも思わない。
  • ただし、子どもが逆順で答えてきたものを☓にしてはならない。したがって順序を問うような問題はナンセンス。

昨年のクリスマスプレゼント「マウンテンバイク AMERICAN EAGLE 24インチ」

前年のクリスマスプレゼントを振り返るシリーズ。早いなあ、今年もこの季節か。そしてほかの記事をあまり書いてない……。

まずは思い出話。スウちゃん(仮名)はかなり早いころから自転車に乗っていた。保育園の園庭でみんなが乗る三輪車をみて「ほしい」と言ったのは年少組よりもうひとつ下の組のときだったか。父である私はしばし考えた。三輪車で楽しい期間は短いし、こうして保育園の備品で少しは楽しめるし、いっそパスしてしまおうか……。

そこで調べてみると、三輪車がわりにもなるちょうどいいものがあるではないか。「2to6 いきなり自転車」(リンクは記事執筆時のもの。購入時からモデルチェンジがあったようだ)。思い出してみるとこれを2歳の夏に買った。補助輪を付けて、大人が後ろからバーを押してやればほとんど三輪車とかわらない。本人がペダルでこぐには車体そのものが重すぎたが。それから冬が過ぎ(この地方では冬はひたすら天気が悪いので外遊びはほとんどできない)、そのあいだに3歳になったスウちゃんは、春の陽射しの中、後ろのバーなしでガラガラと乗り回せるようになった。

PAP_0000.JPG夏ころには力もついてよく転ぶようになってきたし(補助輪があると曲がるときに内側に傾けられずに遠心力で外側に転ぶ)、補助輪外しに挑戦。補助輪と同時にペダルもとってしまい、地面を蹴って進むのだ(ペダルがあるとそのとき足に当たって痛い目にあうので)。これを1か月ほどやっただろうか。とにかく短期間のうちにすーっと5秒以上も両足を付けずに滑走できるようになった。こうなったらもう大丈夫で、ペダルを取り付けると2,3回で乗れるようになった。この練習方法の最大のメリットは、親の腰が痛くならないことだ。実際、親が自転車を支えてというのは1度もやらなかった。それから、車体が変わらないので乗り心地や取り扱いに慣れたままというのも大きい。さらに大事なことは、この時期にブレーキの使い方をしっかり覚えられたこと。自転車というのは「止まる」というのも実はけっこう大変な技術なのだ。「こぐ」より前に「止まる」技術を身につけられるのは非常にメリットが大きかった。「ストライダー」のようなブレーキのない足蹴り専用車にしなくてよかったと思っている。こうしてスウちゃんは3歳の中ごろにはもう自転車に乗れるようになっていた。

そんな小さな自転車をその名のとおり2歳から6歳(をちょっと過ぎて)まで乗り続けてきた。もう力もついて、スピードを出そうとすると、何しろタイヤ径が小さいため足が猛烈に回転して追いつかないくらいになってさすがに苦しくなってきたので、そろそろ買い替えの時期だなあと思っていた。そこで問題は次のサイズをどうしようかということ。スウちゃんは体格が小さくクラスでも前から2番めくらい。普通なら20インチにしておくかというところだが、それだと小学校のあいだにもう1回変えなきゃならないなあ。

ここでも思い切って24インチのものにすることにした。まず、クリスマスのころはほとんど外で乗る機会がなく春まで待たなければならないこと。春になって2年生になっても、スウちゃんの学校では「校区内を自由に乗っていいのは3年生から」というお約束があるので、本格的に路上に出るまでにはまだまだ時間があるということ。それまでには少しは体も大きくなっているんじゃないかという期待を込めて、でもお楽しみは先取りで、ということでスウちゃん(当時7歳、1年生)のこの年のクリスマスプレゼントになったのだった。

DSC_1446.JPGAMERICAN EAGLE 24インチ」にしたのは、カタログ値で最低地上高が低かったこと。適正身長115cmとなっていた。しかし実際に見比べることができたなら、ほかの車種とそう違いはなかったかもしれない。

乗り換えてすぐは、さすがにその大きさにびっくりしていたものの、ほんの1,2日で難なく乗りこなせるようになった。変速機の扱いにもすぐに慣れた。 夏ころには、どこで誰を見たのか、「ケンケン乗り」を教えてくれと言う。今ではとんと見かけなくなったが、そう言えばそういう乗り方もあったなあ。これも1,2日で習得した。

この記事を書いているのはそろそろ1年経つかなという頃だが、もうすっかり乗りこなしている。つい先日、家からまず2kmほど行けばサイクリングロードがあることに気づき、そこに入ってしまえば自動車の心配もないことから延々と10kmほど、往復で20kmほどの行程を完走したのであった(もちろん親が伴走)。子どもの成長は早いなあ。

次に買い換えるのは中学生になるときだろうか。

ここに Amazon のリンクを張ろうとして気づいたのだが、こういう自転車のモデルチェンジというのは早いのだな。同じ自転車がもう見当たらない。下の TOPONE というのが写真を見る限りフレームや籠がスウちゃんのとそっくりで、元は同じだと思われる。

プログラミング入門の入門

小学2年生のスウちゃん(仮名)は最近、“プログラミング”づいている。

「ロボットごっこ」

1年生の終わりころ、スウちゃんが「ロボットごっこ」をしかけてきた。たとえば「スウちゃん、ちょっと新聞とってきて」と頼んでも、「動かないよ。ロボットに命令してみて。」ってな感じで、新聞一つとってきてもらうのに「前に5歩、左向け。ドアを開けろ。前に8歩……」と延々と指令しなければならない。ゲラゲラ笑ったあと、ロボットと命令者を交代してまたゲラゲラ。

Scratch

これを楽しむということは“プログラミング”に興味を持つかも、と思い、まずはタブレットで楽しめる Scratch Jr. を紹介したら大喜び。が、操作性が今ひとつ(なかなかブロックが思うように移動・接続できない)なのと、単純すぎるのか、ほどなく飽きてしまった。

そこで PC で Scratch を教えてみる。ちょうどその頃(2016年3月末) NHK で「Why!? プログラミング」という番組の放送があり、ますます興味が湧いてきて、かなり真剣に取り組んでいる。

ところが今度は Scratch の自由度の高さが仇となった。キャラクター(コスチューム)を自由に描き変えることができるのだが、そこでお絵かきに夢中になり肝心のプログラムのほうはそっちのけ。まあそれはそれでいいのだけれど。

さらには、なんだか複雑なゲームを構想してしまい、とてもじゃないがすぐに結果が出ないので熱気が冷めてしまった。その前に習得しなければならないものがとてもたくさんある。

ハードウェア IchigoJam

一方で、機会があって「IchigoJam 体験」に参加。スウちゃんは初めてのハンダ付けに挑んだ。案外うまくできるものだ。CPUと数点のパーツだが自分で組み立てて、それでテレビに文字が出るというのは感動するようだ。手で触れることのできる形あるものというも実に大事なことなのだなとあらためて思う。

しかし、いろいろとハードルが高い。コンポジット出力なのでPC用モニターにつなげず、下手をするとテレビにもその端子がなかったりする。家のは大丈夫だったが、いざ始めようとするとテレビの真ん前に本体とキーボードをいちいちセットしなければならないのがちょっと面倒だ。それにそのキーボードの端子も PS/2 だ。これは家にもいくつかあることはあったがどれも US 配列で、日本語JIS配列が前提の IchigoJam BASIC だと、多用するダブルクオーテーションや丸括弧がキートップの印字と異なっていて、スウちゃんはひどく苦労している。しかも黒い画面に表示できるのは白い文字のみ。おっさんホイホイであることは間違いないが、現代の子どもにとって快適な環境とは言えなさそうだ。これを楽しめるようになるには、もうしばらく別のところでの修行が必要だ。

Code.org

Scratch は自由度が高くて的が絞れず、BASIC は何かと障壁が高い上に味気なく、どうしたものかと思っていたところに Code.org にたどり着いた。

  • (+) ステージが細かく設定してある。ゴールが設定されているため気が散らない。
  • (+) ゲーム感覚でクリアしていくことで、飽きることなく続けることができる。
  • (-) 日本語がおかしなところが多い。子ども向けだと翻訳も変えなければならないのだと思わされた。

ゲームっぽいところは良し悪しで、ただそのステージをクリアすることのみが目的となってしまうのがちょっとよくないところ。

スウちゃんは「コース2」から始め、現在はそれを終了しようとしている。「コース3」は日本語訳がされておらず英語のままだ。課題のところはちょっとした文章になっているから自分で理解するのは当分のあいだは無理で隣から教えてやるしかなさそうだが、せめてブロックの単語は英語で覚えてもらうことにしようかなと思っているところ。

ともかく小学2年生である現在のスウちゃんには、これがいちばん受け容れられた。

「ルビィのぼうけん」

そうこうしているあいだに、絵本「ルビィのぼうけん」がちょうど出版された(2016年5月)のでさっそく購入。スウちゃんは主人公が自分と似ているなあととても親近感を覚えて、かなり気に入ったようだ。ワークも、もともと手を動かすのが好きなので特に着せ替えなどは大いに楽しんでいる。

ただ、前に Scratch や Code.org などのビジュアルプログラミング言語を体験してしまっているためか、頭の中だけとか紙と鉛筆だけだけだとなんというか、まどろっこしいような感じらしい。もっと早い時期か、あるいは逆に高学年か中学生くらいになって概念だけを抽象化して捉えられるようになってからのほうが楽しめるのかもしれない。

まとめ

親としてもしっかり事前に構えていたわけではなかったので、いきあたりばったり的に「そういえばこれはどうだろう」と思いついたものに触れさせてみたという感じで、ここまでスウちゃんが実際に体験した順に書いてきた。

いまになって振り返ってみて、ここまでに挙げたものを「小学生が“プログラミング”入門するのに適した順番」に並べ替えてみると、

  1. 「ルビィのぼうけん」
  2. Code.org
  3. Scratch
  4. ハードウェア (IchigoJam や Arduino?)

になるだろうか。最後の項目に前後してテキスト型プログラミング言語(Python だろうか)が入るかなあ。

「子どものプログラミング」というのは流行のようで、習い事としても人気になりつつあるらしい。ちょっと調べてみただけでもいろいろな教材があって、正直言って驚いた。それでもまだ未成熟という感じもして、もう数年経てばきっと多くの事例がフィードバックされて、より洗練された言語、教材、教授法が出てくるのだろうと思った。

「プログラミング学ぶ」ではなく「プログラミング学ぶ」

さて結局のところ、小学校低学年というこの時期だと“プログラミング”といっても、言語はどれかとか具体的なコーディングとかではなく、プログラミングに通じる思考法みたいなもの、つまり

  • 論理的に考える
  • 手順をこまかく分割
  • 類型化してまとめる
  • 条件分岐を考える

というようなことを習得する、ということに尽きる。そしてそれは日頃の遊びやお手伝い(たとえば工作、お料理の手伝い……)にすぐに活かされるものだ。

そう考えると将来プログラムを組めるようになる、とかとはまったく無関係に単に「日常生活にとって大事なことを学ぶ」という、何と言うことはない普段の学校や家庭での学びと何も変わらないのだ。

だから、小学生低学年程度の子どもが“プログラミング”に接するというのは、「プログラミング学ぶ」ではなく「プログラミング学ぶ」ということ、“プログラミング”そのものが目的ではなく、ひとつの手段・道具に過ぎないのだと思う。